美空ひばりさん、江利チエミさんとともに「三人娘」で一世を風靡し、その後も常に第一線でご活躍の雪村いづみさん。今年でなんと芸能活動55周年を迎えます。それでも、ステージに立つその姿は相変わらずのキュートさとエネルギーに満ちています。いつまでもイキイキと歌い続ける雪村さんにその秘訣を伺いました。
「感謝」を忘れない
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コンサートでは、美空ひばり、江利チエミの歌を歌うことも |
「ひばりさん、チエミちゃんの仲間に入れてもらって、大好きなステージに立って、好きな歌を歌って、拍手をいただいて、そして、今でも仕事があって、歌っていられる、これは本当に幸せなことだと思っています。今日までやってこられたのは、いい人たちとの出会い、そして健康でいられたっていうことに尽きますね。だから、全てのことにとても感謝しているんです」と雪村さん。その語り口はどこまでも愛らしい。
雪村さんが歌手の道に入るきっかけとなったのは、家計を支えるため。9歳で父を亡くし、母が事業に失敗、中学を卒業するとすぐに働くことにしました。それは小さなダンスホールからのスタートでした。
「お手伝いさんになろうと思って面接に行った先で、あまりにも身体が小さくてかわいそうだって、どこも断られちゃったんです。その帰りに通りかかったダンスホールに寄って、『そうだ歌を歌ってお金がもらえるかもしれない』って、お友達の家で覚えた英語の歌を歌わせてもらったんです。そしたら、明日から来ていいよって…」
それが歌手・雪村いづみの運命の扉となったのです。ホールに来ていたお客さんの目に止まり、それが日劇ミュージックホールのレビューに出演する足がかりとなりました。進駐軍でも歌うようになり、ついに16歳のとき、「想い出のワルツ」でレコードデビューを果たしました。その後の活躍はご存じの通りです。歌手としてはとんとん拍子でしたが、人間・雪村いづみとしては、ずいぶんご苦労されました。
「母が入院した先の病院の先生と恋愛をしちゃって、ものすごい借金をして病院まで建てちゃった。その借金を返すのに20年かかりました。だから、55年も歌ってますけど、お金は全然ないんです。でも、親孝行だと思ったし、そんな状況でも、前向きにベストを尽くして頑張ることが、元気の源でもあり、健康の源にもなったんじゃないかしら」
時には、仕事で夜遅くなってレッスンに行けないこともあります。そんな時は、近所のスポーツクラブのサウナで、あるいは自宅のお風呂にゆったり浸かって、汗を出すそうです。
「とにかく一日1回は汗をかかないと、気持ち悪いんです。ただし、無理は禁物。やりすぎると疲れが出ちゃいますから」
「愛する」ことが心の栄養に
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「90歳まで歌い続けるわ」という雪村さんにとって、ステージの上が一番輝ける場所です |
そんな雪村さんの「生きがい」はというと、「歌を歌い続けること」、そして、「愛すること」だといいます。人を愛することで、幸せを感じ、毎日がイキイキと感じられ、心が豊かになるのだそうです。
「私、結婚は2回しかしてないですけど、恋愛はたくさんしました(笑)。それはもう熱烈な恋愛を。若いときは、俳優さんや歌手の方なんかとお付き合いして、みんなとっても素敵なボーイフレンドでした。中には、『あと何年か経って、お互い一人だったら結婚しよう』なんて約束した人もいたんですよ。その方々とは、今でもお付き合いがあるの。それってとても素晴らしいことだと思いません?」
現在は独身の雪村さんですが、娘のマリアさんとそのご主人、ご主人のお母様、そしてお孫さんに囲まれ、愛に満ちた毎日を過ごされています。
「私の家族は本当に仲がいいんです。だから私、ストレスってほとんど感じたこと無いの。家族に対しても、当たったり、怒鳴ったりしたことは一度もないんです。それから我が家には家族同様の犬がいたんですが、実はついこの間死んじゃったので、今はとても寂しいんです。だけど、相手が人でも動物でも、心から愛しいって思えることがとても大切なことなんじゃないかしら」
「歌っている」時が一番幸せ
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今でも少女の面影を残す、愛らしい雪村さん |
雪村さんといえば、油絵で二科展に度々入賞され、画家としても注目されています。
「きれいな色をどうやってだそうかって考えるのがとても楽しいんです。チエミちゃんも、ひばりさんも描きましたよ。でも、一番描いたのは娘のマリアですね」という雪村さんですが、最近は、絵筆を持つ機会がなかなか作れないそうです。
もちろん、歌に対する情熱は衰えを知りません。
「やっぱりね、私は歌が大好き。歌を歌っているときが一番幸せなんです。4月にコンサートがありますから、今はとにかくそれに向けて全力投球して、いいコンサートにしたいなと思っています。90歳までには、もう一度ヒット曲を出したい。あと20年ありますから、何とかなるかなって思ってるんですよ」
少女のように愛らしく、そして、バイタリティあふれる雪村さんに、最後に読者へのメッセージを伺いました。
「どんなときも優しさを失わないでいて欲しいと思います。優しさっていうのは、人間の心でとっても大事なこと。人の悲しみや苦しみをわかってあげられる心、そういう思いやりの気持ちを忘れないで欲しいですね」
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1937年、東京生まれ。16歳で「想い出のワルツ」でデビュー。「青いカナリア」「オウ・マイ・パパ」「約束」などヒット曲多数。同い歳の美空ひばり、江利チエミとともに「三人娘」として映画に出演、人気を博す。66年〜70年は、アメリカを活動の拠点にし、全米公演、エドサリバンショーやダニーケイショーにも出演を果たす。98年、紫綬褒章受章。06年、74本目となる映画「そうかもしれない」に主演し、認知症に侵される妻役を好演した。07年11月、旭日小綬章受章。4月18日には上野の東京文化会館でコンサートを開催する(お問い合わせ先:東京労音03-3204-9933)。 |